芸人

又吉直樹は学生時代サッカー選手として大活躍していた!?

お笑い芸人又吉直樹さんは作家として有名になっているのですが、実は知的な印象に反して子供の頃はサッカー選手でした。

それも超有名高校出身者であったため、あまりにも意外ですよね。

ピカルの定理』で見ていた方はご存知かもしれませんが、その脚力を存分に活かしているシーンもあります。

文武両道のスーパーイケメンで知られる又吉先生のサッカー選手時代についてお伝えしていきましょう。

ピカルの定理時代

ピカルの定理というコント番組で又吉先生や渡辺直美さんたちは人気がありました。

その中で又吉先生が自身の脚力活かして、ゲストと対決するコーナーがありその中で見事な脚力を活かしていましたね。

このコーナーを知っていた人は、又吉ってこんなに凄いサッカーの才能を持っていたの?と思ったようです。

筆者もリアルタイムで見ていたのですが、大人しそうな又吉先生からはとてもサッカーをされているなど想像がつかなかったのでびっくりしましたね。

ちなみにこのコーナーは当時なでしこジャパンが有名になった頃だったため、又吉先生はなでしこジャパンのエース澤穂希選手に扮しています。

このコーナーでの名前は又穂希でした。(笑)

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①テブラ―シカ

ピカルの定理をご存知の方はお分かりになるかと思いますが、人気があったコントで『テブラ―シカ』というものがありました。

このテブラ―シカというコントはその名前の通り手ブラをしている生き物という設定で、高い所にあるバナナをとるという体を張った企画でした。

このコントの中で活躍されていたのは平成ノブシコブシの吉村崇さんでしたが、又吉先生も活躍されています。

視聴者側からしてみると特に意識していませんでしたが、改めて考えると頭脳と体力と運動神経を要求されるコントでもあったので、メンバー構成的に当然のメンバーだったのかもしれませんね。

テブラ―シカのメンバー

〇マッピー:又吉直樹
〇ニッピ―:西森洋一(モンスターエンジン)
〇サッピー:澤部佑(ハライチ)
〇ヨッピー:吉村崇
〇ゴッピー:大悟(千鳥)
〇その他ゲスト

吉村崇さんはアクティブな方なので何となく運動神経がよさそうな感じですが、ハライチ澤部さんは意外にもバスケットボールが得意なのだそうです。

西森さんはゴルフが趣味という風な感じだったので、体力に自信のある方ばかりを選抜されていました。

又吉直樹は何故サッカーを始めた?

又吉先生が何故サッカーを始めたか?

読書好きであることは当人の口から語られているのですが、サッカーについてはそこまでのような気がします。

実はサッカーに関してはなし崩し的な感じだったみたいですね。

実家が貧乏だったそうで、ボール1つで遊べるサッカーをチョイスされたと語っていました。

又吉先生は小学3年生からサッカーをされ始めました。

確かに他の遊びを考えるとサッカーは自分1人で遊ぶことも可能ですね。

それからサッカーを始めていったと言われています。

①子供の時から文学が好きだった

子供の頃から文学が好きだったそうですね。

意外にも手がかかる少年だったそうで、学校の先生もこまっていたという話があります。

変わり者は芸人さん全員に当てはまるかと思いますが、無口で大人しい又吉先生が意外ですね。

ちなみに当時から現在のように無口だったそうです。

国語以外はダメだったそうですが、国語のみとても成績が良かったみたいですね。

当時から文才はあったのでしょう。

そんな少年だっただけにサッカーはあまりにも意外過ぎます。

②子供時代はサッカー漬けだった

今現在又吉先生は本を読んでいるイメージが強いのですが、お母さんが言うには子供の頃家の中でこもるような子供ではなかったそうです。

これまた意外な話ですが当時はインドアではなく、アクティブにサッカーをされていたと話されています。

元々本人の才能もあったのかもしれませんが、子供の頃は文学漬けではなかったのですね。

また又吉先生が足が速くなったと理由に関してですが、子供の頃家が貧しくて自転車を買うことが出来なかったことが大きな影響となっています。

友達がみんな自転車に乗る中、又吉先生のみが走ってついていっていたそうですが、それって軽く凄いことではないでしょうか?

お母さん的には申し訳ないと思っていたようですが、「おかげで走ったり歩いたりすることが苦にならなくなった」ととても優しい言葉を残してくれています。

これは脚力が強くなる秘訣かもしれません。

又吉直樹は北陽高校出身

関西では有名なサッカーの名門校である北陽高校出身者であることが明かされています。

さらに言えばインターハイ出場、副キャプテンだった実力もあったほどの人物でした。

そのような人物が何故サッカーを辞めてしまったのか?

高校卒業後はお笑いの道に進みたかったようですね。

先生からはサッカーの進学を考えるように言われたそうですが、又吉先生は「家業を継ぐから」という嘘を付いてしまいました。

又吉先生が何故嘘を付いたのかというと、その先生はお笑いの方に顔が利く方だったそうで自分のことを詮索されたくなかったのかもしれませんね。

小学・中学・高校と長期間やってきていたのに未練はなかったのでしょうか。

又吉先生は中学時代からすでに芸人になりたいと思っていたようです。

①北陽高校を選んだ理由とは?

中学時代のサッカーの先生から北陽高校に進学するように言われたのだそうです。

直樹くんは高校でレギュラーになれるかは分かりません。でも彼なら補欠であっても3年間辞めずにサッカーを続ける自信があります。」という風にお母さんは言われたそうです。

当時から又吉先生は我慢強い方だったので、顧問の先生にもそこを見込まれたのでしょう。

結果として北陽高校サッカー部では副キャプテンとなりました。

身体は華奢だが足が速くて持続力がある」とのことです。

当時の又吉先生の写真なのですが、写真だと体躯は分かりにくいかもしれませんが、目に力がとても感じられますね。

又吉先生の時代も同じかはわかりませんが、新部員は多くて80人ほどだったそうです。

途中で何人もの部員が脱落して言ってしまったそうですが、又吉先生は根を上げずに3年間頑張っています。

先生が言うには3年生の時にスタメンという言い方だったので、それまではスタメンではなかったのかもしれませんね。

足の速さは子供の頃自転車がなかったからダッシュしていたからかもしれませんし、サッカーに適したトレーニング方法と言っても過言ではなかったのでしょう。

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②インターハイ出場

3年生の時に大阪大会を勝ち抜いて、インターハイ出場をされています。

又吉先生個人も大阪選抜に選出されている過去があり、これだけ聞いても相当な実力者であることが伺えます。

当時は相当練習量が厳しく、スパルタな練習の毎日でした。

又吉先生が強い理由は持久力だけではなく、左利きであるということが大きな貢献を成したとも言われています。

左利きのメリット

日本人は右利きが多く、左利きとの対戦は不慣れという説がある。
理由としては攻略されにくいため。
また日本人は左利きが悪い物と考えられており、大体は幼い頃に右利きに矯正されられるため自然と両利きになる者が多い。

又吉先生が両利きかは分かりませんが、スポーツにおいて左利きは結構有利なんです。

ある種恵まれた逸材と言っても良いかもしれませんね。

しかし当人的にはプロになれるレベルではないと実感していたそうです。

そこまでの実力がありながらプロは厳しいのでしょう。

③母校にユニフォームを提供

又吉先生は母校の北陽高校にユニフォームを提供されたそうです。

これは2015年芥川賞を受賞された年でした。

又吉先生は恩師である監督に芥川賞を受賞を報告され、副賞でもらった賞金で母校サッカー部の後輩に何か喜ぶことをしたいと言っていたそうです。

その結果公式戦時にユニフォームを提供されたようですね。

選手たちは大喜びされ、ユニフォームを来て全国大会に行くと約束されました。

ただこのユニフォームの代金で芥川賞の賞金100万円を全額使ったそうですが、物凄い太っ腹としか言いようがありません。(笑)

これまでのユニフォームは十分ではなかったそうなので、インターハイ出場された又吉先生にもその気持ちが分かったからこそユニフォームを提供されたのでしょう。

芸人や作家だけではなくサッカーの仕事もしてる

ピカルの定理の影響や知名度がアップされたことから、サッカー関連の仕事でも活躍されるようになりました。

元サッカー岡田武史選手や中田英寿選手とも対談されています。

こうしてみると本当に意外過ぎるショットですよね。

マラドーナやその他色んなことについても対談をされていたのは印象的でした。

本当にこうして見ると芸人だけではなくマルチな才能を持っている人物であることが明かされています。

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①岡田武史選手との対談

日本代表として2度のワールドカップ出場を経験され、日本サッカー協会の副会長を務めている方です。

実は岡田選手と又吉先生の共通点は、北陽高校の恩師が共通点だったとされています。

北陽高校の恩師野々村征武監督というそうですが、2人が言うには昔はとても怖い指導者だったそうです。

岡田選手は野々村監督を通じて又吉先生のことを元々知っておられたようですね。

その時の話では「根性があった」と言われており、岡田選手も又吉先生のことは根性がある人物だと認めていると話していました。

又吉先生と岡田選手は途中までは同じ道を歩いていた人間ではありましたが、途中から又吉先生はそれてしまったので対照的と言えるかもしれません。

岡田選手は高校に進学する際ドイツに行ってプロになると言っていたり、途中で辞めたいと思ったこともありますが、結局はサッカーが好きで戻って来てしまったようですね。

この対談をされ又吉先生、岡田選手自身良い影響を受けたとされており、普段人見知りをされる又吉先生が本当にサッカーが好きであることが分かる一面でした。

サッカーやっててモテた?

ここまで語りましたが、正直ある疑問が残るような気がしませんか?

昔からよく言われている話ではあるのですが、『サッカーをやっている奴はモテる』という話がありますよね。

ここである疑問をぶつけましょう。

又吉先生はサッカーで実力があったけどモテたのか?

この件に関して気になっている方もめちゃくちゃ多そうですね。(笑)

①あだ名がトーマス

アメトークの男子校芸人で語っていたのですが、学生時代は『トーマス』と呼ばれていました。

ちなみにトーマスというあだ名の由来は、皆さんがご存知きかんしゃトーマスです。(笑)

何故トーマスだったのかというと、中学時代声を聞いたことがないという女子が多く、足がとても速いことから「あいつはトーマスっぽい」と言われていたのだそうです。

誰でもトーマスは知っていると思いますが、普通にしゃべりますよ。

ただ筆者だけではないと思うのですが、トーマスってなんか怖くないですか?

とってもシュールなのでプラレールとしてどうなんだ?という話がネットで持ち上がっていたこともあります。

又吉先生がトーマスに似ているかと言われると、シュールな芸風は確かにトーマスっぽい部分があるので似ているかも知れませんね。(笑)

あんまりいいあだ名ではないような気がします。

②モテなかった

残念ながらモテなかったそうです。

又吉先生は決して外見的にもイケメンですし、足は速いですし国語も得意ですし、はっきり言えばモテる要素しかありません。

身長的には普通の男性よりも低いかもしれませんが、それを抜いたとしてもモテる要素は間違いなくあったのです。

しかしモテなかった理由は、女子から嫌われていたからだと言われています。

筆者は女性なのですが、当初又吉先生をテレビで見た時、失礼ながらとても芸人さんっぽくないと思いました。

明らかに陰なオーラが漂っているため、何故お笑いをやっているのか不思議なくらいでしたね。

又吉先生は子供の頃から無口だったそうで、何を考えているか分からない子だったそうだからかもしれません。

友達がいない訳ではないかもしれませんが、異性からは好かれるタイプではなかったのでしょう。

よくある話ですね。

③高校は男子校だった

女性は苦手ではあるものの、根本的に女性が好きみたいですね。

アメトークの男子校芸人で語っていたのですが、高校が男子校だったため一番多感な時期に女性とふれあう機会が失われておりこじらせてしまった方々が多かったようです。(笑)

北陽高校と言えばサッカーでは有名校ではあるものの男子校だったので、悶々とした学生生活を送られていたと言われています。

中でも衝撃的なイベントは運動会で女装をすることがあったそうですが、その時他の男子生徒があまりにも似合い過ぎていて良いなと思いめちゃくちゃ盛り上がったという話がありました。

又吉先生は一歩下がって見ていたそうですが、若干良いなと思っていたそうですね。(笑)

※又吉先生は男色ではありませんが、同性しかいない環境になってくると徐々にくるってくるんですよ。

ただそんな又吉先生を見て良いなと思った女性がいました。

『今夜くらべてみました』という番組で佐野さんという女性のが話が持ち上がりましたが、その方が電車で又吉先生を見て好きな芸能人に似ていると思い知り合いに紹介してもらったという話があるのです。

残念ながら性格が災いして上手く行かなかったそうですけどね。

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大器晩成な又吉直樹

北陽高校は現在でもサッカーで強い強豪校です。

又吉先生が後輩の為に贈ったユニフォームは2018年のインターハイ出場の際に使用されました。

学生当時は中々理解されることはありませんでしたが、現在は誰もが認める存在になっています。

中学時代同級生から、「確かにお前は大器晩成やけど」と言われたそうですね。

大器晩成

大物ほど若い頃は目立たず、徐々に実力を付けて後に大成功を収めること

その同級生人を見抜く力でもあったのでしょうか。(笑)

又吉先生ほど大器晩成というか、現代の芥川龍之介と呼べる人物はそうそういません。

まとめ

又吉先生はお笑いの道を目指してはいますが、サッカーのことも大切だったのでしょう。

そうでなければ母校にユニフォームは送るなんてことはしないですからね。

素晴らしい話だと思いますし、これからも又吉先生はサッカーだけでなく色んな所で活躍されることでしょうね。